【連載】明日も一日きみを見てる 第3回 | 角田光代
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【連載】明日も一日きみを見てる 第3回 | 角田光代

「小説 野性時代」で連載中の大人気エッセイをnoteでも特別公開!
毎月22日(にゃんにゃんの日)に更新予定です。お楽しみに!

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通りに面した低い窓の前で日がな一日じっと外を見つめるトト。
それはまるで、トトがテレビに見入っているようで……。

第3回 猫テレビとプレゼント事件

 家に帰り、トト、いないな、と思うと、猫タワー上部についているハンモックで寝ていることが多かったが、このごろはハンモックでなく、窓の前にいる。
 通りに面した低い位置に窓がひとつあるのだが、トトはよく、その窓の前で香箱を組んで外を見ている。この通りは、車がようやく通れるくらいの路地だ。車が一台通れることは通れるのだが、Uターンができないほど細い路地なので、めったに通らない。ときどき人は通る。その路地を、香箱を組んでじっと見ている。

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 その窓と、窓の前で香箱を組んでいるトトを見ると、テレビに見入る人の姿に似ていると思う。低い位置の窓から見えるのは、通りを歩く人の足、自転車の車輪、あるいは人に連れられた犬や幼児。虫も見えるかもしれないし、雀やカラスや鳩が地面に降りたって歩いているときもあるかもしれない。向かいのおうちの前に出ている、網で覆われたゴミを、カラスが引っ張り出そうとしているのも見える。たしかに、そういう光景はトトにとったらテレビ的なのかもしれない。
 あんまりよくそこにいるので、クッションほどのサイズの絨毯を買って敷いてみた。するとトトはきちんと絨毯に収まるではないか。猫鍋にも段ボール箱にも、あったかマットにもひんやりベッドにも、なんにも入ってくれないトトが、きちんと絨毯に収まってくれるとは、買った甲斐があるというもの。

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 出かけるとき、家の外で、かがみこんでガラス越しにこの窓を見ると、トトがいる。トトは突然テレビに登場した私を認識しているのか、していないのか、表情を変えず、私の目を見ることもなく、外を見続けている。不思議な気持ちになる。玄関の戸を開けて家のなかに入ると、迎えにきて、どこにいってたのかと言うように鳴くのに、窓一枚を隔てると鳴かない。目も合わせない。家のなかにいる私と、家の外にいる私は、べつの人だと思っているのだろうか。

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 ある日の朝、新聞をとりに出て、何か異変を感じた。うまく言えないが、とにかく何かがへん。何がへんなのか、あたりを見まわしてみて、あやうく叫びそうになった。
 ねずみが倒れていた。血も出ていないしけがをしている様子もないが、すでに絶命しているようだ。
 叫ばずに部屋に戻ったが、心臓がばくばくし手が震える。死んだねずみなんて見たことがない。いや、もしかしたら今までに見たことはあるかもしれないけれど、こんなに間近ではない。どうしたらいいのかわからない。集合住宅ならば管理人さんに相談できるが、管理人さんはいないのだから自分でなんとかするしかない。家の人は仕事場に缶詰になっていて留守。
 放っておこうか、と一瞬思う。放っておいたら消えてくれるんじゃないか。……いかんいかん、これは私の悪い癖だ。見て見なかったふりをすれば、だれかがなんとかしてくれるのではないかと、すぐに考えてしまう。どう考えたってだれもなんとかしてくれない。
 ねずみが自分の家の敷地内で死んでいたらどうすればいいのか、インターネットで検索してみた。処理方法がたくさん出てくるが、書かれている内容はみんな同じだ。放置なんてもってのほか。「ぜったいに」そのままにしてはいけないと、どのサイトにも書かれている。まずマスクと手袋をして、殺虫剤をまき、新聞紙などにねずみをくるんで密閉し、燃えるゴミとして処理し、その場所にさらに殺虫剤をまく。ねずみの体にはダニやノミがいる場合が多いからだそうだ。
 私は涙目で震えながら、ゴミ拾い用トングを用いて、指示通りに処理をした。
 処理を終えてトングにも殺虫剤をかけて、洗い、消毒剤を吹きかけ、そしてようやく、疑問を抱いた。なぜあんなところでねずみは死んでいたのか。前日は見かけなかったから、深夜か明け方、町ねずみがここまでやってきて、急に息絶えたのか。でもそんなことってある? 道で死んでいるならまだしも、なぜわざわざ敷地内に入って息絶える必要がある? 道と、ねずみが倒れていた場所は三十センチくらいしか離れていないのに。

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 もしや……! 私は家のなかからねずみの息絶えた場所を見てみた。そこはちょうど、トトテレビのまんなかである。もしやこれは、付近で暮らす猫がトトに送った何かではないのか。
 ここはおれの管轄内だからな、という警告かもしれない。あるいは、お歳暮的なご挨拶? 仲よくしようね、の挨拶かもしれない。もしかしたら、トトに恋した猫からのプレゼントかも……。

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 そう思いつくと、そうとしか思えなくなる。一匹のねずみがここまでやってきて突然息絶えるとはどうしても思えないからだ。
 しかしながら、このとき私も家の人も、付近を歩く野良猫や外飼い猫を見たことはなかった。ねずみはトト宛ての何かだろうという推測が、はたしてただしいのか間違っているのかもわからない。そして肝心のトトは、前夜から私が涙目で処理をするあいだまで、テレビ前にはいなかったからこの贈りものを見ていないのだった。

                               つづく

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次回の更新は7月22日(木)の予定です。

角田光代(かくた・みつよ)
1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、21年『源氏物語』の訳業で読売文学賞など受賞。

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