光弘は玉井工務店の男から、祟りの話を聞く。 「骨灰」#25
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光弘は玉井工務店の男から、祟りの話を聞く。 「骨灰」#25

小説 野性時代

得体の知れない怪異と不条理が襲いくる――。
鬼才放つ、戦慄の長編ホラー。
天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』「マルドゥック』シリーズ。ジャンルを超越しベストセラーを生み出す鬼才・冲方丁が綴る長編ホラー小説「骨灰」(こっぱい)。『小説 野性時代』2021年9月号から満を持してスタートした連載を、順次試し読み配信していきます。(連載の続きがすぐに読みたい方は本誌をぜひ!)
建設現場で遭遇する不可解な事象、それをきっかけに身の回りに忍び寄る怪異、侵食されていく現実――。《からからに乾いた》戦慄のホラー小説をぜひお楽しみください。

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たたりにもいろいろありましてね。科学的な説明なんてできないものばかりですが、さりとて心の問題だと片付けきれるものでもないんです」 たまよしは、そう言って眼鏡を外し、ハンカチで汗を拭いた。
 みつひろも拳で汗を拭い、さんさんとした日
に照らされる大きな石を見ながら、「ははあ、なるほど」と感心しているふりをした。
 玉井工務店の社長である芳夫と、二人の管理長である玉井こうあらそうとともに、あきばら駅の、工務店とは反対側に来ていた。芳夫たちに案内されてのことだ。一帯のランドマークでもある十九階建てのビルの足下に、『石垣と武家屋敷』と題されたパネルが設置されており、それを一読するよう、三人から勧められたのだった。
 光弘は、なぜそんなことをしなければならないのか疑問に思いながらもそうした。
 なんでもこの辺りには、大名や旗本の屋敷があったそうで、発掘された屋敷の石垣の一部を、広場のモニュメントとしたり、植栽の足場として再利用しているという。
 だからなんだというのか。光弘は呆れ顔にならないよう気をつけながら、ますます地方に来たみたいだと思った。
 どこでも、商工会議所などに挨拶に行くと、たいてい地元の名所に連れて行かれ、土地と人々の由来について延々と聞かされるものだ。
 大規模建設工事によって、歴史の積み重ねが消滅してしまうのではないか、という不安がそうさせるのだと、上司のたけなかから教わっていた。だから決して興味がない顔をするなと。大企業の社員が、地元の歴史を尊重する態度を見せれば、それだけで交渉が容易になる局面が多くあるのだった。
 だが今このとき、秋葉原の名所巡りに付き合うことで何が得られるのかよくわからなかった。玉井工務店が、石垣の保存業務を請け負っているわけでもないのだから。
「どうです。大きな石でしょう。こういうものを運ばせることができる。それだけの家勢があった証しです。電気街の辺りは、もっと下の立場の武士たちが住んでいたようで、こういうのはあまり見られません」
 事務所を出てからここまで、祟りの話をあれこれ続けていた芳夫が、改めて石について言及した。彼にとっては話がつながっているのだろうが、光弘にとっては飛躍が過ぎて、「へえ、そうなんですね」と興味を示すポーズを取るのが精一杯だった。
 芳夫も残り二人も、そんな光弘の戸惑いをある程度は察しているのかもしれない。だがまるで説明責任があるのだとばかりに、話を続けた。
「東京では、こうした家勢の証しが、あらゆるところで見られるんです。何しろ江戸の土地の大半が、武家地か寺社地だったわけですからね。で、そうしたお家の方々は、家勢を保ち、栄えるために、なんでもやってきました。現代では考えられないようなことをね」
「ははあ。ここはその一つなんですね」
「ええ。とりわけ、火に因縁のある町なんです」
「火に因縁、ですか」
 また話が飛躍したと思いながら光弘はその言葉を繰り返した。
「そうなんです。明治のはじめに、火災を防ぐための祈願どころとしてあき神社が建立されましてね。当初は鎮火神社と呼ばれていましたが、昭和になって秋葉神社と改められたことから、この辺りも秋葉っぱら、つまり秋葉原と呼ばれるようになったんです」
「原っぱだったんですか?」
よけですよ。火事でできた焼け野原をそのままにして何も建てないようにするんです。そうすることで延焼が防げますから」
「焼け野原ですか。それだけ火災が多かったのでしょうね」
「ええ。世界でも有数だといわれています。火事の多さではね。加えて震災や戦争までありましたから。まあ、それはともかく、秋葉原は玉井工務店にとって何かと因縁がある町ですから、松永さんにも知ってほしいと思いまして」
「そうなんですね。ありがとうございます」
 正直、何がなんだかわからないまま、光弘は言った。
「さ、ここは暑いので、そろそろ中に入りましょうか。さいの清掃も終わった頃でしょうし。一緒に来て、我々の仕事場を御覧になって下さい」
「はい。ぜひ拝見したいです」
 ようやく屋内に入れると思うと、ほっとした。先日の大雨が噓のような炎天下なのだ。さっさとしてくれと言いたかったが、しっかりと内心を隠し、芳夫たちに従って十九階建てのビルの裏口へ回った。
 オフィスビルだがイベントホールも内包しているので搬出入口もしっかり作られている。芳夫たちはビルの入館証を持っており、それを警備員の詰め所の窓口で見せながら気さくに挨拶していた。光弘のほうは名刺を出して記名し、入館証を借りて入らねばならなかった。
 中は冷房が効いていて心地よかった。裏口とあって、なんの飾りもない、のっぺりとした大きな通路を進み、ドアの一つを開いて地下へ下りた。『高電圧注意』と記されたプラスチックの札が貼られたドアの向かい側に、番号式のロックが付いたドアがあった。
 光弘は何気なくそのドアに目を向け、軽く息を吞んだ。
 同じドアだ。
 東棟の地下深く、穴のある空間に入る際にあったドア。あのときはなぜか開いていたが、今目の前にあるそれは、しっかり閉じられていた。芳夫が自分の体を壁にして光弘から入力する様子が見えないようにして解錠した。
 がちゃっと音を立ててドアが開き、芳夫が光弘を振り返って小さくうなずいた。
「中に入ったらいったん止まって下さい。私どもが先に下りますので、転ばないよう気をつけてついてきて下さいね」

つづく


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