【連載】明日も一日きみを見てる 第9回 | 角田光代
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【連載】明日も一日きみを見てる 第9回 | 角田光代

小説 野性時代

「小説 野性時代」で連載中の大人気エッセイをnoteでも特別公開!
毎月22日(にゃんにゃんの日)に更新予定です。お楽しみに!

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食器におもちゃ、トイレと数限りなくある猫グッズ。
そんなに必要ないでしょうに、と思いながらも、
角田さんはついじっくりと見入ってしまって……。

第9回 猫ベッドと毛布事件

 デパートのフロアというものは、私たちの暮らしの感覚と似ている。よくいくフロアはテナントの並びも把握しているが、いつも素通りしているフロアのことはまったく知らない。私たちの暮らしも、この町ならよく知っているが、その隣町となるとA‌T‌Mをさがすのにも苦労したりする。料理のことなら何時間でも語ることができるが、スポーツとなると、バスケットボールが何人制のゲームなのかもわからなかったりする。
 猫グッズの世界というのも、猫を飼う前の私にとってはデパートにおける無関係フロアみたいなものだった。フロアに足を踏み入れると、予想外に広域にわたっているのも同じ。猫グッズ界は広い。猫の食器、猫のおもちゃ、猫のトイレ、猫のベッド、猫の休憩所……猫のためのしなものは想像を超えて多岐にわたり、しかも種類が多い。

 そんなにいろいろ必要ないでしょうに、とつい思ってしまう。猫に、そんなにいろいろは必要ないでしょうに、と思いながら、でも、つい、じっくりと見てしまう。見ると、なんだかほしくなる。これがあれば、うちの猫はよろこぶんじゃないかなあ。ぼうっと考えてしまう。しなものを見て、猫がよろこぶところを想像する、これを五十回ほどくり返して、購入をとりやめたり、踏み切ったりする。

 しかし猫はよろこぶとはかぎらない。トトが我が家にきて十一年、そのことを私はとくと学んだ。鳥を模したおもちゃより、電動で動くネズミより、まるめたレジ袋のほうをおもちゃとして好む、なんてことはよくある。
 真夏に、さぞや暑かろうと思って買ったひんやり猫鍋にもトトは入らなかったし、真冬に、さぞや寒かろうと思って買ったあったか座布団にも座らない。どちらも、五十回は考えて購入したものだ。
 だから高価なものはまず買わなくなった。危険な賭けすぎる。
 それでもやっぱり、デパートにいったついでに地下の食料品売り場をひととおり見てしまうように、必要なものがないのにフロアをうろついてしまうように、猫グッズを見ずにはいられない。
 インターネットで猫のごはんを注文する際、そのショップで売っている猫グッズを見てしまう。そうするとパソコンが「これにも興味があるのでは?」とあらたなペットグッズを紹介してくるので、それもまた見る。見れば見るほどパソコンは「これは?」「これは?」と次々と紹介してくる。まんまと術中にはまって、次々と見てしまう。

 そして私はあるとき、猫ベッドに心を奪われた。商品名としては人形用ベッドで、ペット用ではない。子ども部屋に置いて、子どもが人形を寝かせるためのインテリアだ。けれどもこのベッドを猫用に使っている人はけっこういるらしい。ブログやSNSに、ベッドに眠る猫の写真は多くアップされている。
 それらの写真を見ると、このベッド、猫にサイズが本当にぴったりだ。トトがここで寝たらいいなあと夢見るように思う。爪とぎとベッドがセットになったバリバリボウルでトトはよくまるくなって寝ているが、ベッドのほうが寝心地がいいのではないか。

 でもそんなことはあるはずがない、と自分の物欲を抑える。猫鍋にも入らず座布団にも座らない猫が、ベッドで寝るはずがない。うん、寝るはずがない。でも、もしかしたら……。
 なんと、この自問自答を私は五年ほどくり返したのである。五年間、物欲と闘い続けたということだ。そうしてあるとき、これだけ悩んだのだから、もういいではないかと購入に踏み切った。
 バリバリボウルのすぐそばに、この人形用ベッドをそっと置いた。入らない。見向きもしない。においも嗅がない。ま、そうだよな。予想はしていたものの、やっぱりがっかりする。こうしてベッドは数か月放置され続けた。

 冬場、家の人が膝掛けのようにして使っている毛布の上に、あるときからトトが独占するように座っているのを見て、はっとひらめいた。この毛布をベッドに置いたらトトもベッドに入るのではないか。毛布を折りたたみ、ベッドにセットした。
 するとトトがまんまと入ったのである。私と家の人は、クララが立ったときのハイジ並みによろこんだ。ベッドはトトにぴったりのサイズである。香箱を組んで、神妙にじっと座っている。

 ベッドにいるトトの姿は、以後よく見かけるようになった。窓から日ざしがこのベッドに降り注ぎ、そこに香箱座りをしている猫の姿の、なんと神々しいことだろう。ベッドを買ってよかった、買ってよかった、本当によかった。

 あるとき天気がよかったので、猫ベッドに敷いた毛布を干した。猫の毛がたくさんついていたし、干せばもっとふかふかになってトトもよろこぶと思ったのだ。夕方にとりこんで、さあ、トトちゃん、あったかいよー、と話しかけつつ同じようにベッドにセットした。トトは近づき、毛布のにおいを嗅ぎ、ベッドに入らずその場を離れた。
 以後、トトはベッドに入らなくなってしまった。完全無視。完全放置。
 たった一日、たった一度、毛布を干しただけである。においがとれてしまったのかなんなのか、トトはもうベッドには見向きもしない。かなしい。

 ところで、五年間購入を迷い続けたこの人形用ベッドであるが、値段は二千五百円ほど。猫を飼っている人ならば、きっと私のことをケチだとか節約家だとは思わないだろう。うんうんわかるわかる、問題は値段じゃないんだよ、猫が使うかどうかなんだよ、ときっと言ってくれるだろう。

                               つづく

次回の更新は1月22日(土)の予定です。 

角田光代(かくた・みつよ)
1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、21年『源氏物語』の訳業で読売文学賞など受賞。 

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