【連載】明日も一日きみを見てる 第4回 | 角田光代
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【連載】明日も一日きみを見てる 第4回 | 角田光代

「小説 野性時代」で連載中の大人気エッセイをnoteでも特別公開!
毎月22日(にゃんにゃんの日)に更新予定です。お楽しみに!

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引っ越してからたくさんの鳥を見るようになった。
猫もくればいいのに、と思っていたら
ついに角田家の庭を堂々と闊歩する猫が現れて……。

第4回 外猫一号と腰痛事件

 集合住宅との気密性の違いや、登場する虫の種類と数の多さには驚かされたのだが、野鳥の多さにもびっくりした。私は今まで町なかで、カラスと雀とツバメくらいしか見たことがなかった。私の暮らす町は都会ではないけれど都内なので、その三種類しか鳥はいないのだろうとなんとなく思っていた。
 地面に近い暮らしになると、そんなことはなくて、じつにさまざまな鳥がいることがわかる。手のひらくらいの大きさの灰色っぽい鳥、ちいさな白と黒のモノクロ鳥、甲高い声のちいさな鳥、抹茶みたいな色の鳥、めったに見ない、幻のように鮮やかな青色の鳥。必ず二羽で行動している鳥もいれば、グループ行動をしている鳥もいる。めずらしいので、つい見入ってしまう。姿と声を確認すると、今度は名前を知りたくなり、インターネットで調べている。
 調べるうちに、冬は餌をあげてもいいけれど、春夏はよくない、なんてことも知るようになる。どの鳥がどんな餌を好きなのかもわかってくる。餌場を作るにしても、清潔に保たねばならないということも知る。猫には猫界があり猫界ルールがあるように、野鳥にも野鳥界があり野鳥界ルールがあるのだなと感慨深い。
 トトにとってもはじめて見る野鳥たちである。どう感じているのか、ちいさな鳥がやってくると、窓辺でじっと見ている。テレビを見るように、映画を見るように、いつまでも見ている。

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 鳥だけじゃなくて、猫もくればいいのに、と私は思っていた。『アブサン物語』で愛猫アブサンについて書いた村松友視さんに、『野良猫ケンさん』という著書もある。アブサン亡きあと、猫を飼えなくなった村松さんは、庭にくる猫たちの観察をするようになった。その交流を描いたこのエッセイを読んで以来、いいないいな、猫のくる庭いいないいなと、子どものようにずっと思っているのだ。それで引っ越したのち、猫はいないか、猫はこないかと、周辺に目を光らせていた。

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 外を歩く猫を最初に見たのは家の人である。お隣との境であるブロック塀を歩いていた、という。うらやましい、私も見たい! そう思いつつ、なかなか見ることができなかったのだが、あるとき私もようやく見かけることができた。家の人が見かけたのと同じ、ブロック塀に座る猫。
 この、外猫第一号は、茶トラの、ずんぐりと大きな猫だ。まるまると大きくて、じっと人の顔を見る。顔つきにまったく険がない。

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 一度見かけると、よく見るようになる。ブロック塀を歩いていたり、窓の外を横切っていたりする。私の暮らす地域では、地域猫の活動があり、去勢・不妊の手術後の野良猫は、片耳の先端がさくらのかたちにカットされている。この茶トラの耳は、しかしさくら耳ではない。毛並みのうつくしさや険のなさから、どこかのおうちの飼い猫ではないかと私は思った。
 なんとなくその歩きっぷりを見ていると、この道はずっとこの猫の散歩コースだったのに違いない。あるとき散歩コースに見慣れないやつらを見かけるようになったので、警戒してなりを潜めていたが、どうやら無害らしいと見なして、ふたたび散歩をするようになったのだろう。「あんたたちがあとだからね。私が先だからね」と言いたげな顔、歩きっぷり。ちなみに女の子である。

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 トトはというと、最初はこの猫の存在に気づいていなかった。茶トラ猫はただ通り過ぎるだけだったのだ。
 それがあるときから、窓のすぐそばまでやってくるようになった。窓を隔てたすぐそこに座って、じっとこちらを見ている。香箱を組んで見ているときもある。もちろんトトは気づくようになり、見かけると「かかかかか」と声を出すようになった。ずっと前、窓からカラスを見ていたときの声だ。

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 この「かかかかか」はクラッキングと呼ばれている。獲物や、得体の知れないものを見つけたときに猫が出すという音で、一説には、飼い主に「警戒せよ」と伝える意味合いもあるのだとか。けれどもずっとクラッキングしているわけではなく、見つけたときだけその声を出し、あとは離れてじっと見ている。じーっと見ている。だんだん、トトも近づくようになった。近づいてただ見ている。このときのトトの顔を見ると、ものすごくわかりやすい不機嫌な表情をしている。けれども、フーやシャーッといった敵対的な反応をすることはない。茶トラも、トトを威嚇したりはしない。
 家の人と私は、このまるまるとした茶トラを「とらちゃん」と呼び、今日はとらちゃんがきたとかこないとか、ここまで近づいたとか、近隣を散策しているのを見かけたとか、話題にするようになった。

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 そして、どういうわけか、家の人が木材を買ってきて猛然と作業をはじめた。何をするのかと訊くと、冬の寒い日、とらちゃんやほかのノラたちが暖をとれるような小屋を作るのだと言う。私は今まで、家の人がこうしたDIY作業をしているところを見たことがない。小屋というか、まあ、かんたんな四角いものを作って、入り口を切り取るだけだろうと、私は簡易犬小屋的なものを想像していた。
 ところが、この作業は思いのほか長く続き、見るたびに、何やら立派な建物ができあがっていくではないか。屋根は斜めに傾いて、明かりとりのアクリル板まである。斜めの屋根の下には照明具までついている。さらに驚いたことに、家の人は設置場所の土を掘り返し、コンクリートの土台まで埋めている。

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 こうして裏庭に、予想外に立派な小屋ができあがった。できあがったとたん、家の人は腰を痛めてそろりそろりとしか歩けなくなり、ドーナツクッションを置かないと座っていられなくなった。しかし小屋はできた。私は小屋のなかに新聞紙を敷き、動物病院でもらったフリース毛布を敷いた。さあ、外を歩く猫たち、思う存分暖をとりなさい! 
 そうして毎日毎日、小屋をチェックしているのだが、くる日もくる日も、だれも入ってくれない。けっこうな頻度でうちにくるようになった茶トラのとらちゃんは、小屋など一瞥もせずに前を通り過ぎていく。ああ、じれったい。

                               つづく

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次回の更新は8月22日(日)の予定です。

角田光代(かくた・みつよ)
1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、21年『源氏物語』の訳業で読売文学賞など受賞。


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