地下の空間に据えられていたものは――。 「骨灰」#27
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地下の空間に据えられていたものは――。 「骨灰」#27

小説 野性時代

得体の知れない怪異と不条理が襲いくる――。
鬼才が放つ、戦慄の長編ホラー。

天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』「マルドゥック」シリーズ。
ジャンルを超越しベストセラーを生み出す鬼才・冲方丁が綴る長編ホラー小説「骨灰」(こっぱい)。『小説 野性時代』2021年9月号から満を持してスタートした連載を、順次配信していきます。(連載の続きがすぐに読みたい方は本誌をぜひ!)
建設現場で遭遇する不可解な事象、それをきっかけに身の回りに忍び寄る怪異、侵食されていく現実――。《からからに乾いた》戦慄のホラー小説をぜひお楽しみください。

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「わっ、えっ、びっくりしたなあ、社長。なんかありました?」
「すまんすまん、けんいち。そっちに行くって電話したかったんだが、ここ電波届かんだろ」
 芳夫がそう言って、相手の顔を照らさないよう足下へ光を向けた。残り二人も健一もそうした。
「はあ。灯り消しちゃいましたけど。掃除の点検ですか?」
「いやいや。こちらまつながさん、シマオカ本社からお越し頂いてるんだ。私らの仕事場をお見せしようと思って来たんだよ」
「ああ、そうでしたか。どうも玉井健一です。玉井工務店の社員で、あと幸司の──」
「私のせがれです」
 幸司があとを続けた。「息子さんですか」と光弘は関心があるふりをして言った。とことん一族経営というわけだ。
「お邪魔いたします。シマオカ本社IR部の松永光弘です。ここは──」
「私が担当してる祭祀場です。あー、社長。お入り頂くんですか?」
「まあ、足を踏み入れるのは、やめたほうがいいでしょう」
 芳夫が、健一ではなく光弘へ顔を向けた。
「入り口から、中を見回すくらいでもよろしいですか?」
「あ、はい」
「じゃ、健一。とうみようつけてあげて」
「はい、社長」
 健一が身を屈め、四つん這いになって戸の内側へ戻っていった。そのフラッシュ・ライトの明かりが揺れ、格子の内側をあちこち照らした。
 一瞬、誰かが部屋の中に座っているのが見え、ぞわっと鳥肌が立った。
 作業着姿の芳夫たちとは違う、着物を着た誰かがいる。まったく気配がないせいで、急に出現したかのような唐突感があった。
 健一が作業着のポケットから先の長いライターを取り出し、それで天井の四隅に吊られた、金属製の灯火具の中にある灯明皿に火をともしていった。
 格子の内側に、柔らかな光が満ちた。
 部屋の中央に座るものの姿が、はっきりと見えた。
 人間ではなかった。
 精巧な、ほとんど等身大といっていい大きさの、木彫りの人形だ。仏像のようでもあり、お雛様の人形を巨大にしたような感じでもある。気配がなくて当然だ。光弘は、また目立たぬよう気をつけながら深々と息をついた。
 火を入れ終えた健一が、戸のそばに戻り、壁に背をつけて光弘が中を見やすいようにしてくれた。
「さ、松永さん。屈んで見て下さい。何かに触らないよう気をつけて」
「あ、はい」
 光弘は鞄を抱えて戸の前で片膝をつき、格子の内側を覗き込んだ。
 コンクリートで覆われているであろう頑丈な空間に、木の柱、天井板、白い漆喰の壁、そして壁に神棚が設けられている。畳が敷かれた床の中央で着物姿の人形が正座しており、その背後に、漆塗りの棚と、大きくて重そうな木の箱があった。
「この人形は……」
「もともと祀られていた使をかたどったものだそうです」
 芳夫が言ったが、光弘には何を言っているのかよくわからなかった。
「もともと?」
「ええ。大昔に、ここにささげられたんでしょう」
 その言葉に、光弘は急に背筋が冷たくなるような感覚に襲われた。祀られる。献げる。それらがひどく不穏な響きを帯びているような気がしてならなかった。
 光弘は膝をついたまま、傍らの芳夫を見上げ、
「献げる……というのは、この人形を……?」
 いやな予感を覚えながら重ねて尋ねた。
 果たして、芳夫はかぶりを振り、言った。
「人です」
「え──」
「男性が一人、ここで祀られていたんです」

「人が……ですか?」
 光弘は呆然と繰り返した。まったく想像がつかず、現実とも思えなかった。
 芳夫が神妙な顔つきになり、光弘の隣で自分も屈んで、格子の隙間から中を覗き込みながら言った。
「即身成仏というんですかね。ミイラは、湿気の多い日本では珍しいんですが、綺麗にろう化していたといいます。明治に一度、ここが発見されたそうで。当時の水運業者が、武家地だった土地を買って見つけたらしいのですが、賢明なことに、そのままにしておいたんですね。その後、日中戦争の頃に、その業者が国営企業になりまして。ここに最初のビルを建てた際も、前例に倣って、ここには手をつけずにおいたとか」
「その間ずっと、ここに男性の……遺体が?」
「ええ。この姿勢の通りに座り続けていたそうです。それと、あの大きな箱。あれにも入ってました」
「入ってた……人がですか?」
「いえ、全身ではなく、ミイラ化した、人の手です。斬り落とされた人間の両手首が、何本も、ぎっしり詰まっていたそうですよ」
 ぞわっとまた鳥肌が立った。蓋を開いたらそんなものが詰め込まれていたというのだ。自分なら見たとたん、腰を抜かしてしまうかもしれないと思った。
「今も……?」
 光弘は、怖々と大きな箱を指さしたが、芳夫がかぶりを振るので、ほっとさせられた。
「そちらも、手をかたどった木彫りの品が入ってます。現代では放置するわけにいきませんからね。二〇〇六年に、ここの前のビルが解体されたとき、遺体も手首も供養されました。先代が、ビルの持ち主である会社や、警察、あと、付き合いのあるお寺さんと相談しまして。二〇〇年以上前の遺体だということがわかり、少なくとも現代においては事件性なしと判断されましてね。それでに付したあと、無縁仏としてお寺さんに遺灰を引き取ってもらったんです」
「そのあとも、ここの管理をされていたんですか?」
「ええ。こうして形代を用意したあと、我々がずっと祀っています。お寺さんも神社も、普通、自分たちの敷地の外にあるものの面倒を請け負いません。それで、うちが代々管理しているんです。さもないと祟るかもしれませんから」
「祟る……」
 その言葉を口にしたとたん、喉の渇きを覚えて生唾を吞み込んだ。
 芳夫が、火灯りに光る分厚いレンズ越しに、光弘を覗き込むようにしてうなずいた。
「ここで祀られていた人物は、いわば家勢を盛んにさせるための人柱なんですね」
「人柱……なんだか座敷牢に見えますが」
「ええ。お家のあるじの気に障って、罰を受けたのかもしれません。逆に、家にとって重要な、隠居した元のあるじといった人物かもしれませんね。なんであれ今よりずっと人の命がたやすく奪われる時代でした。といって命の価値が低いわけではないんです。逆に価値があるから──神に献げるにふさわしいからこそ、柱になるんです」
「それって、人をいけにえにしたってことですよね。そんなことが普通に行われていたんですか……?」
「人を祀った場は、刑場の跡地なんかもふくめて、私が知るだけでも二十カ所以上もあります。ただ、だからといって普通であった、とはいえないでしょうね。家勢があったお家でも、神を地に降ろそうとするほどの野心をあるじが抱いたり、はたまたお家滅亡の瀬戸際にまで追い詰められたりしなければ、ここまでのことはしなかったと思います。もちろん、事故だったという可能性もありますが」
「事故……? それは……今でいう、現場の事故のような?」
「そうとも言えるでしょうね。神様に供え物を献げる人のことを使と呼びますが、古くから、《《身を消す》》、という意味での《《身消し》》に通ずるとされてきました。神様や霊や骨灰に近づきすぎて祟りを招いてしまい、自分自身を供え物にして鎮めるほかなくなるといった意味合いです」
 つい顔をしかめる光弘を見て、芳夫がうっすら笑い、ようやく光弘を覗き込むのをやめた。
「現代人の感性では、どういう不条理かと思うでしょうね。でもこの世は、そういう不条理で成り立っているというのが私らの基本的な考えです。私たちだって、神様に感謝を献げることを勤めとしていますが、いつ骨灰に祟られるかわからないんですから」

つづく

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