【連載】明日も一日きみを見てる 第5回 | 角田光代
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【連載】明日も一日きみを見てる 第5回 | 角田光代


「小説 野性時代」で連載中の大人気エッセイをnoteでも特別公開!
毎月22日(にゃんにゃんの日)に更新予定です。お楽しみに!

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角田家の庭に次々とやってくる新しい猫。
そんな猫たちに、トトはとらちゃんが現れた時とも
またちがう反応を見せて……。


第5回 外猫たちと台風事件

 庭にときどきやってくるようになったとらちゃんだが、毎日くるわけではない。一週間に一、二度、塀の上を歩いていたり、隣家の物置の屋根で寝ていたりする。とらちゃん、と呼ぶと、じっとこちらを見る。撫でさせてはくれないが、こんなに目をじっと合わせているのは、やはり生粋の野良猫ではなくて、どこかのおうちの外猫に思える。

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 とらちゃんを認識してから二か月くらいたったころだろうか、今度は白とサバトラの交じった猫があらわれた。塀の上で香箱を組んでいる。ずんぐりとしたとらちゃんより、さらに大きい。体格からいって男の子っぽい。この猫もさくら耳ではない。
 猫が不思議なのは、テレポーテーションのようにふっとあらわれるところだ。気配がないのに、ふっとあらわれる。数秒前には何もなかったところに、ふと目を向けると、いる。このサバトラ猫も、どこかから瞬間移動してきたように、塀の上にいたり、窓のすぐ外にあらわれるようになった。
 とらちゃんにはフーもシャーッも言わないトトだが、なぜかこのサバトラ猫があらわれると、異様に反応する。尻尾を三倍くらいの太さにして、ぶんぶんと振り、はあーっ、はあーっ、はあーっと呼吸が荒くなる。尻尾をぶんぶん振るのは、獲物を見つけて興奮しているときだと言われているけれど、このときのぶんぶんは興奮と恐怖、それから私に近づくなというサバトラへの警告ではないか。
 対してサバトラ猫は、トトがどんなに尻尾を振りまわし背中を丸めて威嚇しても、微動だにせず、香箱を組んでトトを見ている。威風堂々、ふてぶてしい。
 サバトラ猫がそこにいるかぎり、トトはそんなふうに落ち着かないので、サバトラがくると帰ってもらうようにした。私が庭に出ていけば、サバトラはさっといなくなるのだ。

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 とらちゃんとサバトラと、トトにとってどんな違いがあるのか、私にはわからない。とらちゃんはなぜ近くにいてもよくて、サバトラはなぜ「くるな」なのだろう。サバトラはたしかにふてぶてしいが、猫もそんなふうに感じるのだろうか。
 一方、とらちゃんがきても尻尾を振ったり背を丸めたり、呼吸を荒くしたりはしないトトだが、では大歓迎しているかというと、そうでもないようだ。とらちゃんは私が近づいても逃げないので、庭にいると出ていって、目線を合わせて話しかける。とらちゃん、どこのおうちの子なの? どこからきたの? 人差し指を鼻の先にのばすと、とらちゃんは、あと三センチで鼻挨拶、というところまでそろそろと鼻を近づける。
 あるときそうしながら視線を感じて、ふと窓を見ると、トトが伏せのような座りかたでじっとこちらを見ている。その顔つきが、驚くほどわかりやすくぶんむくれている。お、も、し、ろ、く、な、い、と顔に書いてあるかのようだ。トトは表情ゆたかだとは思っていたけれど、ここまでとは思っていなかった。感心した。
 そんなに不愉快なら、とらちゃんもやっぱりいやなのかと思いもするが、とらちゃんがいないと、窓辺にじっと座って庭を見ていたりする。トトとしては、鳥を見ているのではなく、とらちゃんを待っているようにも見える。いや、見張っているのかもしれないが。
 このとらちゃん、ときどきだが、トトのいる窓のすぐ下までやってきて、ごろんと寝転がっておなかを見せたりするようになった。えっ、これはなんだ? 猫の仕草をインターネットで調べてみると、甘えていたり、「遊んで」「私を見て」というときに、おなかごろんをするらしい。この子、トトに遊んでほしいのだろうか。そんなとらちゃんを、トトは例の「ザ・不機嫌」顔でじっと見ている。トトは生まれて三か月と数日で我が家にやってきて、以来、よその猫というものを見たことも触れたこともないので、猫コミュニケーションを知らないのではないか。

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 そしてさらに、三匹目の猫も登場した。
 夜更け、寝ようとすると外で猫の鳴き声がする。大きな声ではない。けんかの声でも発情の声でもなく、ただ鳴いている。なんだろうと思って見にいった。向かいのおうちは、ときどき人がきているがふだんは空き家で、だれも住んでいない。そのおうちの駐車場から鳴き声が聞こえる。目をこらすと真っ黒い猫がいる。暗いなかの黒い猫なので、きらんと光る目はわかるが、大きさも耳カットされているかもわからない。しばらく鳴いて、さっとどこかにいってしまった。
 超のつく大型台風が関東近辺を通り過ぎる、という日。電車も止まり、スーパーマーケットもコンビニエンスストアも閉店した。ニュースでくり返し注意喚起されて、多くのおうちが窓に養生シートやガムテープを貼った。家の人はこのときも仕事場に缶詰になっていた。通常なら窓にガムテープを貼るなんてことはぜったいにしない私だが、窓ガラスが割れて、その破片でトトがけがをしたら……と考えたらこわくなり、ガラスが割れても飛び散らないよう、窓に段ボールを貼った。

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 夜、テレビがどのチャンネルも台風情報を流しているなか、風と雨の音に交じって、猫の鳴き声が聞こえてきた。これは、あの真っ黒のくろちゃんだ! 台風の音に交じって聞こえてくる猫の鳴き声は、なんと不安を掻き立てるものだろうか。不安にあおられ、私はトトの予備用の皿にカリカリと水を入れて外に出た。くろちゃんはまた、空き家の駐車場で鳴いている。門の前に皿を置いて少し離れると、真っ黒の猫がものすごい勢いでそれらを飲み食いし、勢い余ってひっくり返し、ひゅっといなくなった。
 近所にいるのはこの三匹らしい。くろちゃんは夜しか姿を見せず、動きが素早いので、全容を見ていないが、たぶん野良猫だろう。外猫第一号のとらちゃんと、威風堂々のサバトラは、たぶんどこかのおうちの外猫。トトももちろん、くろちゃんの声しか聞いたことがなく、姿は見ていない。

                               つづく

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次回の更新は9月22日(水)の予定です。

角田光代(かくた・みつよ)
1967年神奈川県生まれ。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。2005年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、21年『源氏物語』の訳業で読売文学賞など受賞。


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