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祭祀場の持つ意味に近づく光弘だったが――。 「骨灰」#24

小説 野性時代

得体の知れない怪異と不条理が襲いくる――。
鬼才が放つ、戦慄の長編ホラー。

天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』「マルドゥック」シリーズ。
ジャンルを超越しベストセラーを生み出す鬼才・冲方丁が綴る長編ホラー小説「骨灰」(こっぱい)。『小説 野性時代』2021年9月号から満を持してスタートした連載を、順次配信していきます。(連載の続きがすぐに読みたい方は本誌をぜひ!)
建設現場で遭遇する不可解な事象、それをきっかけに身の回りに忍び寄る怪異、侵食されていく現実――。《からからに乾いた》戦慄のホラー小説をぜひお楽しみください。

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 ひとしきりそんな歓待の言葉があってのち、
すがわら所長からご連絡を頂きまして。祭祀場で何かあったとか」
 おもむろに社長の玉井が本題に入った。
「あ、はい。東棟の地下室は、御社が管理されていると伺いまして」
 光弘は鞄からタブレットを取り出すと、あらかじめ用意しておいたファイルを開き、地下の神棚や、四角い穴の画像を読み出して彼らに見せた。
 社長の玉井が深々とうなずいた。
「ええ、ええ。前代から引き継いだお勤めの一つです」
「ふだんは出入り口を塞いでいるとか」
「はい。かれこれ百年以上前に掘られた坑ですからね。あまり安全とは言えませんので」
「私が調査したとき、階段が露出していたのは……」
「儀式の準備のために、どかしてもらってたんですよ。そうだな、奏太?」
 社長の玉井が、荒木に顔を向けて尋ねた。
「ええ。儀式の用意をしないといけませんでしたし。大雨でしたから、朝早くから人が来るなんて思ってなかったんですよ」
「ドアも開けっ放しって。お前、祭祀場を何だと思ってるんだ」
「すいません」
 荒木が真顔になって頭を下げたが、すぐに顔を戻して言い返した。
「でも社長、御饌使が入ってるのに、閉じるってわけにも」
「結界がなくなってるのにか? 何言ってるんだ。厄介な祭祀場だとわかってただろう」
 社長の玉井の声がやや厳しくなり、荒木がまた頭を下げた。
「すいません」
 今回は荒木も反論せず、社長の玉井がため息をついてあとを続けた。
「普通、祭祀場は人が入れないよう、結界が設けられてるんです。だから儀式の時期は安全のために開放しておくんですが。東棟の場合、貯水槽やあんきよの工事もありましたし、シブチカと呼ばれる地下道の建設でも、結界がたびたびどかされましてね。何十年も前に会館ができたときに設けられた結界も、今ではすっかり形がなくなってるんですよ」
 光弘は、いちいち社長の言葉にうなずき返しながら、あえて眉間に皺を作り、話についていけないことを表情で示しつつ言った。
「すいません。結界というのは、何かの構造物のことですか?」
 玉井たちおよび荒木が、ぴたりと黙った。
 四人が、どこまで無知なのか推し量るような視線を光弘に浴びせ、それからふと思い出したというように社長の玉井が言った。
「今日まだ、そとかんの祭祀場の掃除をしてるんじゃないか?」
 すると老齢の玉井幸司が、挨拶してのち初めて声を発した。
けんいちがやってます」
「ついでにお祓いしとこうか。どうせ来週やるし。本社の方に見てもらうのもいいだろ」
 社長の玉井が言うと、残り三人がうなずいた。
 完全に、光弘の意見をらち外に置いた態度だった。質問に答えてもらえていないことも、「本社の方」という大ざっぱなくくりで扱われるのも居心地が悪い。松永光弘という個人の存在などどうでもよく、本社の使いだから相手をしているのだと断言されているようなものだった。そもそも、最も尋ねたいことは、東棟の地下にいた男性を知っているかどうかだ。さっさと男性の画像を見せて答えを得たいのに、やたらと遠回りをさせられているのも気にくわない。このあと何件もの施設を回らねばならないことを思うと、気が急いて仕方なかった。
 むろん、IR部員ともあろう自分が、そんな個人的な不快感をあらわにすることがあってはならないので、いかにも無知で申し訳なさそうな態度で、
「何かを見せて頂けるのですか?」
 と尋ねた。
 社長の玉井はこの光弘の態度を気に入った様子で、嬉しげですらある笑みを浮かべた。
「私どもの仕事が何なのか、ご存じない方が多いですからね。ここから歩いて行けるところに、一つ、祭祀場があるんです。よろしければ御覧になってみませんか? 私どもの《《お務め》》がどのようなものか、それでわかると思いますので」
「ありがとうございます。ご迷惑でなければ、ぜひ」
「そんな、迷惑だなんてとんでもない。ただ、神事のしきたりに従ってもらうことになりますがね。いや、そんなに面倒なものではないですよ。入るべからず、触るべからず、動かすべからず、というのが大半です」
「はい。ご指示に従います」
 光弘は素直に応じつつ、急に純粋な好奇心がわくのを覚えた。あるいは、心のどこかで抱いている不安が顔を出したというべきか。入るべからず、触るべからず、動かすべからず。東棟の地下で、自分はひととおりそれらに抵触したのではないか。
「ちなみに、もし、そのしきたりに反するといいますか、やってはいけないことをした場合、たとえば補償費のようなものが発生したりするのですか?」
 玉井たちと荒木が黙った。今度の沈黙は、先のものとまったく違った。まるで現場でとんでもない事故が起こったという報告を受けたというような緊張がたちまち狭い応接スペースに充満するようで、光弘を大いにうろたえさせた。
 まずい。彼らのかんに障ることを口走ってしまったかもしれない。
「あ、いえ、ご参考までに伺いたかっただけです。他意はありません」
 光弘は慌ててそう付け加えた。
 社長の玉井がふーっと息をついた。他の面々も、悪い冗談をどうにか受け流そうとしているような様子で顔を見合わせている。
「失礼なことを申し上げてしまったでしょうか。何もわからないもので、申し訳ありません」
 光弘は低頭して詫びた。社長の玉井が口を一文字に引き結び、それから、改めて光弘の問いに答えて言った。
「補償費、というのは、何がどうなるかによります。簡単に鎮められることもあれば、どうしようもなくなることもありますので。下手をすると鎮めるために、祭祀場全体を作り直さないといけなくなるかもしれません」
「鎮める……」
 光弘は、その言葉を繰り返しながら、『鎭』という字を思い浮かべていた。古い覚書にあった『地鎭祭』の字だ。それが、東棟の地下に記されていた字であることを、このとき初めて思い出していた。
 はい、と社長の玉井がうなずき返し、真剣な面持ちで、こう告げた。
「つまり、しきたりを破った者が、祟られるかどうか。そしてその祟りを、鎮められるかどうか、ということです」

つづく


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