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【特別掲載】冲方丁『骨灰』

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得体の知れない怪異と不条理が襲いくる――。鬼才が放つ、戦慄の長編ホラー。 『天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』「マルドゥック」シリーズ。 ジャンルを超越しベストセラーを生み… もっと読む
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#ホラー小説

「見えないお客さんもいってらっしゃい」。娘の一言が頭に残る。 「骨灰」#22

「見えないお客さんもいってらっしゃい」。娘の一言が頭に残る。 「骨灰」#22

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 光弘は通りを渡ろうとした足を止めて振り返った。
「え?」
 だが咲恵はこちらに背を向け、同じ帽子をかぶった子どもらがいるほうへ行ってしまった。
 光弘はしばしその場に佇んだが、すぐにかぶりを振り、自分の両肩の辺りを交互に見て苦笑した。見えないお客さんか。朝の陽光が降り注ぎ、大勢が行き交う通りでそのフレーズを思い出したところで、何の不安も感じなかった。
 妙なこと

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 水を求め続ける娘の様子がおかしい――。 「骨灰」#20

水を求め続ける娘の様子がおかしい――。 「骨灰」#20

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 光弘は足早にシンクに近づき、手の平を叩きつけるようにして乱暴に水栓を閉じた。水の音が、気づけば経験したことがないほど不快で苛立たしいものに思えていた。声をかけ続ける美世子のことも。返事をしない咲恵のことも。
 だがそのせいで、美世子をびくっとさせてしまった。光弘は大きく息をつき、可能な限り声を落ち着かせて言った。
「お水、飲み過ぎだよ、咲恵ちゃん」
 ふと、いつ

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またしても、あれが襲いかかってくる。 「骨灰」#19

またしても、あれが襲いかかってくる。 「骨灰」#19

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 いやいや、そんな馬鹿な。
 光弘は頭から地下室のことを追い出し、書類を集めて束にした。それを鞄に入れて仕事のことは忘れ、ダイニング・テーブルに一人座ってソーダ水を口にすると、心も体もリラックスするのを覚えた。
 家族が寝たあと、一人でこうしていると妙にほっとするのはなぜだろう。穏やかで、やるべきことをやり終えたあとのような満足感もある。確かに、こういう気分でなら

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かつてひとりで酒を飲んでいた父の視線は、どこにも向けられていなかった。  「骨灰」#18

かつてひとりで酒を飲んでいた父の視線は、どこにも向けられていなかった。  「骨灰」#18

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「悪かったな、付き合わせて。そろそろ寝たほうがいいんじゃないか」
「そうする。あなたは寝ないの?」
「これを片づけたら寝るよ」
 光弘はテーブルに広げられた書類のほうに顎をしゃくって言った。
 美世子がうなずきながら、遠くにあるものでも見るように書類を眺めた。
「会社に戻ったとき、私の仕事あるかな」
「そりゃあるだろう。部署でも頼られてたのは間違いないんだから」

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建設現場にあった祭祀場には、多額の予算が計上されていた。 「骨灰」#17

建設現場にあった祭祀場には、多額の予算が計上されていた。 「骨灰」#17


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第2章 たまい



「あっ。これって、工事費だけじゃなく、そのあとの維持管理費も入ってるのね」
 美世子が言った。赤ペンを持ったまま印刷された数字を目で追い、かと思うと、さっと線を引いた。
 光弘が覗き込もうとすると、美世子が書類をこちらへ向けてくれた。見ると契約期間が『二〇四五年六月末日』までであることを示す欄に、赤くアンダーラインが引かれている。
「本当

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