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【特別掲載】冲方丁『骨灰』

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得体の知れない怪異と不条理が襲いくる――。鬼才が放つ、戦慄の長編ホラー。 『天地明察』『十二人の死にたい子どもたち』「マルドゥック」シリーズ。 ジャンルを超越しベストセラーを生み… もっと読む
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#ホラー

またしても、あれが襲いかかってくる。 「骨灰」#19

またしても、あれが襲いかかってくる。 「骨灰」#19

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 いやいや、そんな馬鹿な。
 光弘は頭から地下室のことを追い出し、書類を集めて束にした。それを鞄に入れて仕事のことは忘れ、ダイニング・テーブルに一人座ってソーダ水を口にすると、心も体もリラックスするのを覚えた。
 家族が寝たあと、一人でこうしていると妙にほっとするのはなぜだろう。穏やかで、やるべきことをやり終えたあとのような満足感もある。確かに、こういう気分でなら

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かつてひとりで酒を飲んでいた父の視線は、どこにも向けられていなかった。  「骨灰」#18

かつてひとりで酒を飲んでいた父の視線は、どこにも向けられていなかった。  「骨灰」#18

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「悪かったな、付き合わせて。そろそろ寝たほうがいいんじゃないか」
「そうする。あなたは寝ないの?」
「これを片づけたら寝るよ」
 光弘はテーブルに広げられた書類のほうに顎をしゃくって言った。
 美世子がうなずきながら、遠くにあるものでも見るように書類を眺めた。
「会社に戻ったとき、私の仕事あるかな」
「そりゃあるだろう。部署でも頼られてたのは間違いないんだから」

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建設現場にあった祭祀場には、多額の予算が計上されていた。 「骨灰」#17

建設現場にあった祭祀場には、多額の予算が計上されていた。 「骨灰」#17


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第2章 たまい



「あっ。これって、工事費だけじゃなく、そのあとの維持管理費も入ってるのね」
 美世子が言った。赤ペンを持ったまま印刷された数字を目で追い、かと思うと、さっと線を引いた。
 光弘が覗き込もうとすると、美世子が書類をこちらへ向けてくれた。見ると契約期間が『二〇四五年六月末日』までであることを示す欄に、赤くアンダーラインが引かれている。
「本当

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