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小説 野性時代
2021年12月31日 12:00
◀最初から読む◀前回のを読む2 はっと光弘が目を開いたとき、娘を焼くおぞましい火の輝きはどこにもなく、寝室の暗い天井があるばかりだった。手は、耐えがたい熱を感じているはずだと思ったが、それもなかった。 代わりに全身が小刻みに震えており、凍えたように奥歯がかちかち耳障りな音を立てている。遅れて、どっと恐怖の汗がにじみ出した。額を拭った手の平がびっしょり濡れるほどだ。 こんな恐ろしい夢は
2021年12月27日 12:00
◀最初から読む◀前回のを読む 光弘は足早にシンクに近づき、手の平を叩きつけるようにして乱暴に水栓を閉じた。水の音が、気づけば経験したことがないほど不快で苛立たしいものに思えていた。声をかけ続ける美世子のことも。返事をしない咲恵のことも。 だがそのせいで、美世子をびくっとさせてしまった。光弘は大きく息をつき、可能な限り声を落ち着かせて言った。「お水、飲み過ぎだよ、咲恵ちゃん」 ふと、いつ
2021年12月24日 12:00
◀最初から読む◀前回のを読む いやいや、そんな馬鹿な。 光弘は頭から地下室のことを追い出し、書類を集めて束にした。それを鞄に入れて仕事のことは忘れ、ダイニング・テーブルに一人座ってソーダ水を口にすると、心も体もリラックスするのを覚えた。 家族が寝たあと、一人でこうしていると妙にほっとするのはなぜだろう。穏やかで、やるべきことをやり終えたあとのような満足感もある。確かに、こういう気分でなら
2021年12月20日 12:00
◀最初から読む◀前回のを読む「悪かったな、付き合わせて。そろそろ寝たほうがいいんじゃないか」「そうする。あなたは寝ないの?」「これを片づけたら寝るよ」 光弘はテーブルに広げられた書類のほうに顎をしゃくって言った。 美世子がうなずきながら、遠くにあるものでも見るように書類を眺めた。「会社に戻ったとき、私の仕事あるかな」「そりゃあるだろう。部署でも頼られてたのは間違いないんだから」
2021年12月17日 13:00
◀最初から読む◀前回のを読む第2章 たまい1「あっ。これって、工事費だけじゃなく、そのあとの維持管理費も入ってるのね」 美世子が言った。赤ペンを持ったまま印刷された数字を目で追い、かと思うと、さっと線を引いた。 光弘が覗き込もうとすると、美世子が書類をこちらへ向けてくれた。見ると契約期間が『二〇四五年六月末日』までであることを示す欄に、赤くアンダーラインが引かれている。「本当